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【賃貸アパート解約】

証券会社の朝は早い。

朝7時に出社して海外市場の動向などを確認して取引に備える。

8時から17時まで業務をこなし、17時以降は人脈を広げるために切磋琢磨した結果、ほとんど家にいることがなく、家賃を払うのが馬鹿らしくなった。

お風呂と寝床さえ確保できれば、どこでもいいと思うようになり、安くて駅から近い物件を探し回った記憶がある。

会社員が住所不定では勤まらない。

何かいい場所はないかと模索していた時、たまたま知り合いのお店が、昔、店の二階を学生に貸していたことがあると言っていたことを思い出し、その店のオーナーに聞いてみた。

～以下オーナーとのやり取り～

オーナー
「空きはあるけど今は貸してないよ」
「しかもお前、サラリーマンだろ？　店は朝までやっているから寝れないかもよ」
「それでも良ければ考えるよ」

Ｗ
「宜しくお願いします(即答)」

オーナー
「条件はこんな感じ

・家賃50,000円
・4畳半
・バストイレ付（オーナ家族と共有）
・光熱費込
・夕飯付き（賄い）
・2匹の可愛い猫のお世話」

今思えば恐ろしい条件である。

しかし、当時Ｗは喜んで承諾した。

Ｗ
「いいですねー。面白い！　願ったり叶ったりです！」

オーナー
「店が忙しくなったら手伝ってくれ（もちろん無給）」
「お前の知っている客が来たら呼ぶから……」
「お前も飲めるし売上2倍ウインウインだな……」
※副業は許されていない時代

Ｗ
「わかりました。宜しくお願いします」

場所は東京都渋谷区。

渋谷と言えば、どんなに古くても1LDKで家賃70,000円は最低水準である。

よし！　渋谷のタワーマンションに住むための下準備は整った。


【証券業界は転職が当たり前】

なぜＷは自転車操業までして人脈を広げたいと思ったのか？

証券業界は、他社との交流が盛んで、ヘッドハンティングされればトントン拍子で給料のベースアップが狙える業界だったからである。

普通であれば、勤続年数にあわせてベースアップが行われ、安定した生活を送れるのが大半であろう。

しかし、上述したように、場立ちでは、大手証券、中堅証券、外資系証券など様々な人間が同じ職場で働いていた。

時には、「お前の月給は？」など給料の話になることもあった。

その時、やはり頭2つ分くらいズバ抜けていたのが外資系証券である。

ベースも高いことに加えて能力級の査定を重視する、まさに外資系の給料体系を目の当たりにしたことで、必ず外資系に転職するという大きな目標ができたのだ。

その目標に向かって売買のプロフェッショナルを目指し、自分を売り込むための人脈拡大への先行投資を始めたのだ。

先行投資である以上、自分にとって将来プラスになる人間を見極める必要があった。

企業も同じだ。

将来の需要を見込んで工場の拡大などに先行投資を行う。

目先の決算は減益となるが、将来のために先行投資へ踏み切るのだ。

別の証券会社の部長級クラスの人間や、外資系証券の著名な方からお誘いがあれば、どんな時間であろうが顔を出した。

証券業界に限らず昭和の時代は上下関係が厳しく、飲んだ翌日は誰よりも先に出社して、誘ってくれた人間に迷惑がかからないように細心の注意を払っていた。

1回でも迷惑をかけてしまえば、これまでの先行投資に費やした時間とお金がパーになる可能性があるからだ。

今では、飲みに誘うことがパワハラになる可能性があり、誘われて喜ぶ人種は年々減少傾向にある。

次号【第3話】へつづく
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